敵を追い出す方法

デレク・プリンス
Published: 1985
Last Updated: octobre 2026
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攻撃されたり、抑圧されていると感じて、その理由がわからないことはありませんか?デレク・プリンスの説教「敵を追い出す方法」(「解放の基礎」シリーズの第2部)で、望ましくない霊的な力がどのように私たちの生活に入り込んでくるのかを学びましょう。聖書と信仰を通して力を与えられ、霊的な自由を取り戻しましょう。
Transcript
このセッションでは、このテーマの中で最も重要で具体的で、多くの人々が関心のある質問の一つに答えることから始めます。それは、「悪霊はどのようにして入って来るのか」です。悪霊はどのようにし て人間の人格や人生に入り込んでくるのでしょうか。私の答えは経験に基づくものであり、完全なものではありませんが、悪霊が侵入する可能性のある7つの方法をリストアップしてみます。
一つ目は、オカルトの背景です。言い換えれば、あなたの家系のどこかで、オカルトに関わったこと があるということです。オカルトについて話すとき、偽りの神々を取り扱っていることに気づくでしょ う。それがまさにオカルトです。つまり、基本の戒めである十戒の最初の2つの戒め:「わたしのほかに、 他の神々があってはならない」、「あなたは、自分のために偶像を造ってはならない」を破ることです。 すべての偶像礼拝は、自動的に人々を悪霊に向かわせます。そして、その2つの戒めに関連して、主は 父祖の罪を三代、四代にわたって問うと言われました。それは他の戒めには当てはまらず、十戒の最初の2つの戒めの文脈の中で与えられていると思われます。つまり、あなたの父、祖父、曾祖父、あるいは他の親類がオカルトや偽りの宗教、偶像礼拝に関わっていたなら、あなたの人生の中に悪霊が入って くる入口があるということです。それは不公平だと思うかもしれません。実際、悪魔は不公平なもので す。しかし、みなさんに理解していただきたいのは、あなたが問題を抱えているからといって、罪に定 められるわけではないということです。罪とされるのは、あなたがその解決を拒絶する時だけです。そ こに罪がやって来るのです。お分かりですか。
2つ目の方法は、個人的なオカルトとの関わりです。ここで聖書を読みましょう。英語のことわざに、「悪魔と夕食を取る時は、長いスプーンを使わなければならない」というのがあります。しかし、悪魔と安全な距離を取るために十分な長さのスプーンはありません。悪魔を無視して背を向ける前に、悪魔 はあなたの肘をつかみます。オカルトに関わって安全でいられる方法はありません。申命記 18:10-12 を読みましょう。
「あなたのうちに自分の息子、娘に火の中を通らせる者があってはならない。占いをする者、卜者、 まじない師、呪術者、呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死人に伺いを立てる者があっては ならない。これらのことを行う者はみな、主が忌みきらわれるからである。これらの忌みきらうべきことのために、あなたの神、主は、あなたの前から、彼らを追い払われる。」
多くのクリスチャンは、星占いをすることには害はないと考えています。モーセの律法のもとで星占いをしたなら、あなたは死に定められるのです。それがそのようなものに関わることへの神の判断です。
3つ目は、出生前の影響です。まだ母親の胎内にいるときに起こることです。多くの人は人生のその時期に悪霊が入ってきます。最も一般的な理由の一つが拒絶です。母親が自分の胎内にいる赤ちゃんに 怒りを持ちます。もしかすると、未婚で妊娠して恥を感じているとか、夫とうまくいっていないとか、 単に家族に今以上の負担をかけたくないだけかもしれません。あるいは経済的に子どもを育てるのが難しいのかもしれません。いずれにしても、母親はそのお腹の中に芽生えた小さな命に腹が立ち、そして その小さな命は非常に敏感なのです。それはただの胎児ではなく、一人の人間です。そして、すでに拒 絶の霊を持って生まれてくるのです。あるいは、妊娠している女性が何らかのショックや恐怖を経験するかもしれません。恐怖の霊が入るとき、それが母親にとどまるか、胎児にとどまるかのどちらかにな ります。その霊にとって、胎児にとどまる方が都合がいいこともあるかもしれません。すると、その子は生まれるとき、恐怖の霊を持って出てくるのです。
ほとんどの人が気づいていない聖句を一つ紹介しましょう。第一ペテロ3章の妻たちへのアドバイスです。その側面の一つを紹介したいと思います。聖書での妻たちへの教えの模範は、アブラハムに対するサラの態度です。第一ペテロ3章6節です。
「たとえばサラも、アブラハムを主と呼んで彼に従いました。あなたがたも、どんなことをも恐れないで善を行えば、サラの子となるのです。」
アブラハムの娘であるためには、あなたは突然の恐れのショックに耐えなければなりません。女性は 男性よりも突然の恐怖やパニックに陥りやすいことは明らかだと思います。そして私は、まだ胎内にいる間に、母親が体験したショックのゆえに解放が必要であった多くの人々を私は取り扱ってきました。
もう一つ興味深いことは、私がこのミニストリーに今よりも深く携わっていたとき、アメリカの特定 の年代の人々が拒絶からの解放を必要としていることに気づきました。私は、彼らが同じ時期に生まれ たのではないかと考え始めました。そして彼らが世界大恐慌(1929 年~)の間に生まれたことがわかりました。ある母親にはすでに6人の子どもがおり、食べ物も十分なお金もないのに、7人目を妊娠して いることがわかりました。その母親は立派な女性であったと思いますが、内心では生まれてくる子ども への責任感に嫌気がさしていたのでしょう。そして、その子は拒絶の霊を持って生まれるのです。
4 つ目を説明する前に、もう一つだけ言わせてください。そのような母親が生まれてくる赤ちゃんの未 来を知るために占い師などのところへ行くと、その胎児は生まれてくる前に、拒絶の霊と悪霊という二 重の打撃を持って生まれてくることになります。
4つ目、肉的(たましい的)な支配。霊とたましいは別のものです。今そのことに触れる時間はありません。しかし、肉の思いによって他の人々を支配し、操る人が多くいます。現代のアメリカ文化で最 も一般的な例は、母親が自分の子ども、特に息子を支配することです。かつてユダヤ人コミュニティで のベストセラーとなった『良いユダヤ人の母になるには』という本がありました。そのうちの一つに、「罪 悪感という動機だけで息子に人前でバイオリン演奏させる方法」という項目がありました。私は、まだ 母親のへその緒につながれているために、感情的に成熟していない銀行の頭取や成功しているビジネスマンに出会ってきました。精神的、霊的なへその緒がまだ切られていないのです。母親たちの操りは無限に続きます。物事がうまくいかないたびに偏頭痛を起こす母親のことを思い出します。母の偏頭痛のたびに、家族全員が用心しながら、話もせず、音も立てずに過ごします。母親はそれに気づかないのですが、自分が偏頭痛持ちだということで、家族の行動を制限していたのです。
この文脈で2つの下品な言葉が出てきました。支配と操りです。それらに出くわすとき、あなたは悪魔に出会ったということです。
助けを求めている人に正直に言います。あなたの母親は魔女です。母親として敬意を払わなければなりませんが、彼女は魔女です。すでに解放された人々は、容易に両親の家に戻ってはいけません。支配 と操りの影響から解放された状態でいるための霊的強さをあなたは持っていないので、離れていなければならないのです。
5つ目、幼少期の抑圧です。子どもの霊的、感情的な防衛力は、執拗な悪霊の圧力を締め出すほどの 力がないことを私は発見しました。ヤコブ 3:16 は心に留めておく価値のあることが言われています。
「ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行いがあるからです。」
両親の間に争いと不和の空気が漂うところでは、子どもたちが悪霊の影響を受ける状態を自動的に生 み出してしまいます。90%以上の子どもたちが悪霊の影響を締め出すことができません。私の観察では、悪霊の問題の 80%は5歳前に始まっています。そして、その責任は両親にあるのです。
6つ目、弱い瞬間や弱い部分です。それは感情的な弱さ、あるいは身体的な弱さかもしれません。交 差点に立っていた女性が恐ろしい交通事故を目撃し、恐怖の霊にさらされます。あるいは、これは実際 に私が取り扱ったケースですが、子どもが一人しかいない女性のその子が5歳で亡くなってしまいました。彼女はうつになり、4年もその状態が続きました。彼女は非常に強い悲しみの霊に扉を開いてしま いました。また結婚願望の強い女性が土壇場で婚約が破棄され、うつの霊に屈し、不幸な人生を送るこ とがあります。
何年も前、私がある集会で語っていたとき、ペンテコステ派の聖書的な一人の女性が最前列に座って いました。私が失望の霊という名を挙げたとき、彼女の顔を見ると、ひきつっていました。彼女は失望 の霊から解放されるまで、全人格が別人のように変えられてしまいました。そのように、期待していた ことがうまくいかなかったとき、あなたは悪の力にさらされるでしょう。
もう一つの弱さは、身体的な弱さです。この例を挙げましょう。私は、時に悪霊によって引き起こさ れるてんかんがあることについて話しました。数年前、18 歳ぐらいの少女が私たち夫婦を訪ねてきました。彼女は薬によるてんかんとの診断を受けていましたが、私のメッセージをテープで聞いて、それが 悪霊からのものだと考え、解放を求めてやって来たのです。妻と私は彼女のために祈り、その霊が離れ たと感じました。しかし、主は私にこう言っているように感じました。「あなたの仕事はまだ終わってい ない。」そこで私は彼女に、「どのようにして始まったか教えてください。身体的なケガによって始まり ましたか」と聞きました。すると彼女は、「はい、野球のボールが頭に当たり、それから発作が始まった のです」と答えました。私は、「からだのケガは、単に身体的なものでしたが、それがてんかんの霊に対 して扉を開いたのです」と告げました。理解していただけますか。弱っていた部分は、彼女の脳へのダ メージでした。私は彼女に、「霊は出て行ったと信じます。ですから、その扉を閉めなくてはなりません」 と言って、妻と私は彼女に手を置いて彼女の脳の癒やしを祈りました。その後3年間、彼女とやり取り をしましたが、彼女はもう薬を飲むことなく、二度と発作も起こりませんでした。これは弱さの瞬間や 場所のシンプルな一例としてこれを挙げました。
最後の7つ目は、罪深い行動や習慣です。もし、あなたが特定の罪深い習慣を続けているなら、遅か れ早かれ、それが悪魔的になるのは間違いありません。罪深い行動の例を挙げます。『エクソシスト』と いう映画を見た若い女性のために祈らなければなりませんでした。彼女は行くべきではないとわかって いましたが、映画を見て、何かが彼女に入り込みました。彼女は禁断の領域に入ったことを罪として告 白しなければならない、と私のところにやって来て、解放されました。また、ポルノ映画や性的な場所に行った人には、肉欲の悪霊が入り込むでしょう。あなたは悪霊に道を開いたその罪を告白するまで解放されることはありません。
では、全体の核心に進みましょう。どうやって解放されるかです。これは私たち全員が知る必要があ ります。シンプルな基本のステップのリストを挙げます。このリストのすべてに従う必要はありませんが、これらは関連性があります。
ステップ 1:謙遜になる。ステップ2でその理由が分かります。
ステップ 2:正直になる。正直になるには謙遜が必要です。複雑な精神医学用語であなたの問題を呼ば ずに、実際的な名で呼んでください。シャベルを農具と呼ばずシャベルと呼ぶようにです。それが肉欲 なら、肉欲と呼んでください。それが憎しみであるなら、憎しみと呼んでください。まず自分が謙遜に なるまでは、真理に向き合うことができません。そして聖書は常に、謙遜さの責任を私たちに課してい ます。いつも謙遜でいなさいと聖書は言っています。謙遜にならせてくださいと神に祈ってはいけません。そのように祈るなら、神はあなたに屈辱を与えるでしょう。あなた自身が謙遜になるという決断をしなければならないのです。
あなたが解放を求めておられるなら、2つのうちのどちらかを選ばなければならない瞬間に来るかも しれません。自尊心を選ぶか、それとも解放を選ぶかです。もし自尊心が解放より重要だと考えている なら、あなたの問題が何であるかは、もうお分かりですね。プライドです。私はいつも、アラバマ州の ある医者の奥さんのことを思い出します。彼女は私の教えを聞いて、私にこう言いました。「プリンス先生、あなたの言うとおりにして私が解放されるなら、そのとき私は悲鳴を上げるかもしれません。」私は 「そうなるかもしれませんね」と言いました。彼女は、「私は、女性は人前で叫ばないようにと育てられ ました」と言いました。そこで私は、「あなたが川でおぼれかけていて、水の中に沈みそうなとき、あな たを助けることができる人が川岸にいるときに、上品に助けを求めることができますか」と聞きました。 おぼれる方を選ぶか、上品さを5分ほど捨てる方を選ぶか、です。私は人々に自尊心を捨てるようにア ドバイスします。解放された時、あなたは威厳を取り戻します。自分の内側で葛藤しなくて済みます。 謙遜さが鍵です。
ステップ3:キリストへの信仰の告白です。なぜなら、イエスはあなたが告白する大祭司だからです。 私たちが正しく告白する時、イエスは助けに来てくださいます。しかし、私たちが正しく告白しないな ら、イエスは助けに来てくれません。
ステップ4:わかっている限りのすべての罪を告白することです。あなた自身やあなたの先祖による、 あなたが知っている限りの罪です。場合によっては、家族の問題を自分のものとしてとらえ、それを自分の問題であると告白し、赦しを求めます。たとえそれがあなたの祖母や叔母など、誰であってもです。
ステップ5:すべての罪を悔い改めてください。悔い改めることなくして解放はないと言ったことを 忘れないでください。箴言 28:13 を読みましょう。
「自分のそむきの罪を隠す者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者はあわれみを受ける。」
あなたは、あわれみを求めますか。2つのことをしなければなりません。告白と廃棄です。それは古びた方法ですが、神は変わることがありません。多くの人々は自分の罪を告白しなければ、神はその罪 を知ることもないと考えています。私はそのような人に実に多く出会いました。それは間違いです。神 はすでに知っておられます。神はご自分に知らせる目的であなたの告白を求めているのではありません。 神はあなたにあわれみを与えたいので、告白を求めておられるのです。他にも良い知らせがあります。 神はショックを受けることがありません。あなた自身の最悪の部分を告白しても、神はすでにそれを知っていて、なおあなたを愛しておられます。しかし、もしそれをそのままにしておくなら、あなたは問題を抱え込んだままになるのです。
ステップ 6:オカルトや呪い、秘密結社との関わりを断ち切ることです。特にフリーメソンです。それは、最も恐ろしい悪霊的な問題の根源です。そして、知的障害、身体障害などを含むあらゆる問題が世 代から世代へと引き継がれます。それは悔い改めの一部ですが、私は区別して取り上げます。
ステップ 7:他の人を赦すことです。すべての人、全員です。私に獣医の友人がいました。彼は解放を 必要としていましたが、彼はアメリカの国税庁にあたるIRS全体を赦すまでは解放されませんでした。 それが彼の問題でした。そのような問題を持っている人は他にいないと思いますが。イエスはマルコ 11:25 で、あなたが祈る時、誰かに対して恨み事があったら赦しなさいと言っています。除外される人や、 出来事はありません。赦しはあなたの責任です。相手がへりくだって赦してくださいと謝罪するまで待 つのではありません。その人のために赦すのではなく、あなたのために彼らを赦すのです。他の人を赦 すことは超霊的または感傷的になることではなく、ただ自分にとって賢明なこと、それだけです。
ステップ 8:簡潔に一言で言うと、吐き出すです。それについてはあとで説明します。受動的では何も 起こりません。あなたは行動を起こさなければなりません。最もシンプルな行動は、息を吐き出し始め ることです。ヘブル語もギリシャ語も、「霊」を表す語は「息」と同じ語です。一人の母親が 4、5 歳の 自分の息子のために祈ってほしいとやって来ました。私は「彼の問題は何ですか」と聞くと、母親は、「ア レルギーです」と答えました。何のアレルギーかと聞くと、食物アレルギーと言うので、何に対してア レルギーがあり、大丈夫な食物は何か教えてくださいと聞きました。私は、「それを悪霊として取り扱い ますが、いいですか」と聞きました。母親は「はい」と答えました。私は、「息子さんと話したいのです が」と言って、非常にシンプルで子どもにわかる言葉でその少年に話しかけ、「君の中に息のような悪い 霊がいるんだよ。今から私がそれに向かってイエスさまの名によって出てこいと命令するから、君はそ れを吐き出してほしいんだ。私が『イエスの名によって』と言ったら、それを吐き出してくれる?」と 言いました。そして彼は小さな兵士のようになり、私は彼のために祈りました。「イエスの名によって。」 そして悪霊は吐く息の音とともに出て行きました。それだけでした。私は本当に効果があったのだろうかと思いましたが、主に委ねるしかありませんでした。しかし3日後、その母親が私のところに戻って きて、自分のために祈ってくださいと言うのです。どうしたのかと尋ねると、彼女もアレルギーだと言 うのです。私は、まずあなたの息子に何が起こったのかを教えてくださいと言いました。彼女は、「彼は 家にまっすぐ帰り、冷蔵庫を開けてあるもの全部を試しに食べたのですが、何も問題なかったのです。」 なんとシンプルなことでしょう。幼い子どものようにならなければ、あなたはこのような恵みを受ける子とはできません。
では、どのように悪霊を追い出すかです。これが最も重要な情報の一つです。たとえ、悪霊がどのよ うに入ってきたかが理解できなくても、どのように追い出すかを知ることが重要なのです。
問題の領域に移ります。なぜ解放されない人がいるかということです。これはおもに、解放のミニストリーに携わる人のための領域です。なぜ解放されない人がいるのかは、基本的に、条件を満たしてい ないからです。聞いてください。解放はあなたの霊的な力のテストではなく、人々が条件を満たしてい るかどうかのテストです。自分にフォーカスしないでください。人々が条件を満たすことに焦点を置いてください。条件を満たせば、人々は解放されるからです。あなたは自分を小さい者だと感じるかもしれませんが、あなたは勝利のキリストを代表しているのです。
第一に、悔い改めの欠如です。悔い改める意思のない人には解放の保証はありません。
第二に、必死さの欠如です。解放は必死に求めるものです。私はよく人々に、「捨て身になってもう一 度戻ってくることを願う」と言います。必死さの欠如を一言で言うなら、受け身です。東洋のカルトに 関わっている人々に特に見られます。東洋のカルトはあなたの思いをどっちつかずの中立に保つことを 勧めます。多くの場合、あなたは行動を起こさなければなりません。もう一度言います。キリストは私たちに悪霊に勝つ権威を与えてくださったのであって、人間の意志に勝つ権威を与えたのではありませ ん。あなたは他の人を決意させることはできません。その人が自分で決断しなければなりません。
第三に、間違った動機です。ヤコブ 4:3 で、願っても受けられないのは、自分の快楽、つまり欲のために使おうとして悪い動機で願うからだと言っています。私たちは単に窮地から脱するために解放され るのではありません。多くの人は窮地から脱することを願います。私たちは主に仕えるために解放され るのです。単に窮地から脱するためだけに来る人は、解放を受ける資格がありません。
第四に、自己中心です。注目されたいという願望です。ある人々は、解放されたら自分が注目の的で はなくなってしまうので解放されないのです。絶えず解放を求める人の中には、貧しい、無視されてい る、拒絶されている自分の境遇は唯一自分が注目を集める時であるので、解放されたくないというケー スがあります。悪霊に影響を受けている人々はみな、何らかの形で自己中心的であることがわかります。 実際、自己中心は悪霊の注意を引くことになります。時には、その人に「あなたは十分聞きましたね。 あなたは自分のためにするのであって、自分のためにしないなら、他の誰もあなたのために解放の助け をしてくれないのです」と言わなければなりません。
第五に、オカルトなどとの関係を断ち切ることへの失敗です。オカルト的な物を処分することを含みます。小さな仏像やお守り、魔除けなど、迷信的な物はすべて悪霊的です。モーセはイスラエルの民に、「忌みきらうべきものをあなたの家に持ち込んで、あなたもそれと同じように聖絶のものとなってはな らない」と言いました。ほとんどのクリスチャンは家中をくまなく調べて、たくさんのごみを一掃する 必要があります。私はイエス・キリストの名を汚すもの、サタンを称えるものを家に置きたくない、そ れを原則としています。
私の人生における一つの大きなステップは、祖父から4枚の美しい中国の竜のタペストリーを相続し たことでした。威厳ある竜で、4本ではなく5本の爪を持っていました。それは美しい物でした。実際 には崇拝の対象物ではありませんでしたが、それについて考えれば考えるほど、その竜はサタンの絵だと考えるようになりました。私は家の壁にサタンを掲げることはできません。ですから私はその4枚の タペストリーを外して処分し、私の計画でも、必要としていたのでもない、そのような動機はなかった、単に見ていただけだったと宣言しなければなりませんでした。家から竜を追い払うと、私は全く新しい形で繁栄しました。
第六、悪い、肉的な関係を断ち切ることの失敗です。時には断ち切らなければならない関係がありま す。邪悪な関係、縛られているような関係、どろどろした関係であれば、断ち切らなければなりません。 正直でない、感傷的でだらしない関係です。
第七、のろいのもとにある。あとでこれを取り扱いますので、今詳しく説明しませんが、ある人々は、 のろいのもとにあり、そののろいが断ち切られるまでは、解放されず、癒やされることもありません。
第八、特定の罪を告白していないこと。分かりやすい例の一つは中絶です。故意に中絶をした人はみ な。神の目には殺人の罪とされます。それは特別に殺人として告白されなければなりません。これは私 が決めたことではなく、私は規則を作ろうとしているのでもありません。単に私の解釈です。私は人々 の解放を試み、悪霊は喉のところまで来ているのに、出て行かないということがあります。よく自分を 探ってみてください。16 歳ぐらいの少女が母親に連れられてきたことがあります。最終的に私は言いま した。「いいですか。悪霊が出る前にあなたは告白しなければならないことがあるでしょう。」そして、 彼女は中絶したことを告白しました、母親はそのことを知りませんでした。彼女が告白した瞬間、悪霊 は出て行きました。母と娘が抱き合って互いを受け入れ合った姿はとても美しいものでした。罪の告白 は不変の原則だと私は思います。
第九、これは論争の的となるものですが、何だと思いますか。新約聖書で分離する、聖別する儀式は 何ですか。水のバプテスマです。イスラエルは小羊の血によってエジプトから解放されました。しかし、 彼らは紅海の水によってエジプトから分離されたのです。彼らを追っていたエジプト人を妨げたのは水 でした。エジプト人たちは水の所に来るまでは追って来ることができました。私の見解では、バプテスマを受けたくない人々は解放される資格がありません。これはオプションではありません。私は教派の 問題を取り扱っているのではなく、それが現実であると言っているのです。もしあなたが神に同意させることができるなら構いませんが、私はそれに合意しません。
第十、これは非常に複雑な問題です。団結した行動が求められる大きな戦いです。ある人々は私がサ タンの戦場と呼んでいる所に立たされています。そして、サタンは彼らを行かせません。その人がどうであるかという理由ではなく、その人が何のために戦っているかのゆえにです。今それを説明する時間 はありませんが、からだ全体が責任を負うべき人々がいます。例を挙げると、私の知り合いにホジキン 病という悪性リンパ腫を患っている青年がいました。それは不治の病なので時間の問題です。彼は教会 の青年会メンバーで、その交わりが活発だったとき、彼は病気ではありませんでした。その交わりが霊 的に間違った方向に行くようになると、彼は病気になってしまいました。最終的に、サタンはその交わ りの中に入り込み、分裂させ、破壊し、そして彼は亡くなりました。彼の健康状態は、彼が属していた 交わりの霊的状態の正確なバロメーターだったのです。そのような人もいるのです。
では、最後のトピック、あなたの解放を保つ方法です。ここでは簡潔に説明していきます。
一つ目、イエスを主とする。通常、解放の集会の最後に、解放された人々に私はこう言います。「あなたの人生のすべての領域でイエスを主とするまでは、この場所から出て行かないでください。」マタイ 12 章で、イエスは何と言いましたか。「汚れた霊は、水のない地をさまよいながら休み場を捜しますが、見 つからないので、『出て来た自分の家に帰ろう』と言います。」悪霊が言う自分の家とは何でしょうか。 悪霊が住んでいた人です。その家で悪霊は3つのことに気づきます。空っぽで、掃除して片付いていま した。何が問題なのでしょうか。家が掃除してあることも、片付いていることも問題ではありません。 何が問題なのでしょうか。空っぽで、誰も住むことを許可されていませんでした。あなたの人生に悪魔 を入れない力を持つ方はただ一人です。イエスです。イエスがおられる領域はすべて安全です。しかし、 イエスを主としていない領域はすべて安全ではありません。アメリカで夜6時か7時にその日泊まるホ テルを探して車を運転したことがありますか。「空室」という赤いネオンサインを見つけたら、あなたは そこに泊まることができるとわかります。霊的な世界では、イエスに完全に主権を明け渡していないあ なたの人格のすべての領域は、赤いネオンサイン「空室」です。そして敵は自分が歓迎されていると知 るのです。悪霊は入って来る時に、自分よりも悪い7つの霊を連れて来ます。
二つ目、簡潔に言うと、賛美の外套です。聖書は、神は霊的に重苦しい場所で私たちに賛美の外套を 与えてくださると言っています。あなたが主を賛美する時、悪魔があなたを煩わす以上に、あなたは悪 魔を煩わしているのです。これを簡単に説明しましょう。
何年も前、この解放のミニストリーに携わる以前、私はロンドンのペンテコステ教会の普通の牧師で した。そこにはロシアから奇跡的に逃れてきた2人のロシア系ユダヤ人がいて、彼女たちは救われてお り、聖霊のバプテスマも受けていました。私たち夫婦は彼女たちのために祈り、彼女たちは主を大胆に 賛美していました。その時、玄関のベルが鳴ったので出てみると、教会員の女性が夫を連れてやって来 ていました。彼女は、「これは私の夫です。刑務所から出所したばかりで、彼には悪霊がいます」と言い ました。私は悪霊にどう対処したらいいのか知らなかったので、私にとって嬉しくない知らせでした。 しかし、その人を拒絶することはできなかったので、その夫婦を私たちが祈っていた場所に連れて行き、 「祈りましょう」と言いました。祈りは安全な覆いで、祈ることは常に霊的です。何の結果も出ないと きもありますが、少なくとも気分はいいです。そして祈りを続け、そのロシア人姉妹は気にすることな く主を賛美していました。すると、その夫が私に近づいてきて言いました。「うるさすぎる、私は出て行く!」私は答えを用意していませんでしたが、彼に対する正しい答えが見つかりました。「いいですか、 音を嫌うのは悪魔です。なぜなら私たちはイエスを賛美しているからです。あなたには二つの選択肢があります。今あなたが出て行くなら、悪魔はあなたと一緒に出て行きます。あなたが残るなら、悪魔だ けが出て行きます。」彼は「残ります」と言いました。そして何も起こらないまま 10 分ほど経ち、彼が 私に近づいてきて言いました。「悪霊が今出て行きました。喉から出て行くのを感じたんです。」それは、 悪魔がどれほどイエスを賛美することを嫌うかという証拠です。あなたが賛美の外套を身に着けるなら、 悪魔はあなたから離れていきます。なぜなら、あなたは悪魔があなたを困らせる以上に悪魔を困らせる からです。
3つ目は、神のすべての武具を着けることです。それはオプションではありません。エペソ 6:12-17 です。そこにすべてリストアップされていますので、私が説明する必要はありません。
4つ目、みことばに生きること。マタイ4:4に何と書いてありますか。「人はパンだけで生きるのでは なく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」あなたは、自分の感情によって生きることはできませ ん。それは最も危険なことです。気持ちの浮き沈みがあり、機嫌が悪くなるたびに扉を開いてしまいま す。「事実、信仰、感情」の順序を守らなければいけません。事実は神のことばの中にあります。信仰は その事実と感情を一致させます。しかし、その順序を逆にして自分の感情によって生き始めるなら、あなたは錨を失ってしまいます。あなたは錨のない漂流する船のようです。
5つ目、神に従い、悪魔に立ち向かう。ヤコブ 4:7 です。どちらが先ですか。先にしなければならないのはどちらですか。神に従うことです。神に従っていて悪魔に立ち向かうなら、何が起こると聖書は 言っていますか。悪魔はあなたから逃げ去ります。それを信じますか。しかし、多くのクリスチャンが実際には逆のことをしているのです。彼らは悪魔に従い、神に抵抗しているのです。実に多くの人が。
では6つ目、正しい交わりです。どんな交わりであるかが重要です。Iヨハネ 1:7 です。神が光の中 におられるように私たちも光の中を歩んでいるなら、何が起こりますか。私たちは互いに交わりを保つ のです。もしあなたが交わりの外にいるなら、あなたは光の外にいることになります。あなたは血によって守られていません。血潮は光の中でのみ清めることができるのです。あなたが持とうとしている交 わりは、神のものでしょうか。それとも邪悪なものでしょうか。パウロは、実を結ばない暗やみのわざ に仲間入りしないようにと言いました。交わりはあなたの霊的生活がどの程度のものかを知る基準となります。
7つ目、訓練される。訓練されなければ、真のクリスチャンとなることはできません。自己訓練、家 族としての訓練、政治的訓練、学校の訓練、教会の訓練など、多くの訓練の領域があります。しかし、 それを拒む人はそむく者です。聖書がそむく者について何と言っているか知っていますか。第一サムエル 15:23 に、「まことに、そむくことは占いの罪だ」とあります。反抗的になった瞬間、あなたは占いの霊にさらされるのです。いいですか。多くの人は訓練という言葉を嫌いますが、まず自己訓練から始 まります。ほとんどのクリスチャンは自分の気分や思いつき、好みを満足させようとします。あなたに その自由はありません。それは性的衝動を満たそうとすることと同じぐらい危険なことです。そうなってはいけません。
8つ目、これが最後です。イエスを中心にすること。イエスで始まり(一つ目の項目)、イエスで終わることに気づきましたか。みことばを開きましょう。ヨハネ 12:31、32 でイエスはこう言っています。
「今がこの世のさばきです。今、この世を支配する者は追い出されるのです。わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。」
順序に注目してください。サタンが追い出されたら、次にすべきことは何ですか。イエスを掲げるこ とです。その空いたところをイエスで満たしてください。サタンが追い出すと、空間ができます。それ を正しいもので満たすことが非常に重要です。イエスに集中してください。悪霊に焦点を当ててはいけません。悪魔は知られることが大好きなので、あまり宣伝しないでください。悪霊は細菌やウイルスな どのように実在のものです。私たちは悪霊がいることを認識し、対処しなければなりません。しかし、 健康な人は細菌やウイルスのことばかり考えているわけではありません。ある意味、健康はそれらを締 め出しています。すべての茶碗やお皿の下に悪霊がいるとは思わないでください。もしあなたが伝統的 な教会の出身であるなら、牧師や司祭に面と向かって、あなたには悪霊がいると言わないでください。 それは真実であるかもしれませんが、正しい対処法ではありません。
では、最後に実際的な説明をしたいと思います。みなさんの中に、今日聞いたことや今までの経験を振り返って、自分は悪霊的な問題を抱えていると感じている人がいるかもしれません。その人は人生の 中でイエスが治めていない領域があり、制御されていません。90%はイエスの管理下にあるかもしれませんが、10%はそうではないのです。それはあなたの気性、あなたの思い、あるいはあなたの性生活や 人間関係など、解放される必要がある領域が残されているということです。私はあなたを助けたいので す。私はこれまで何百、何千人もの人々を助けてきました。助けを求めている人は、立ち上がって祈ってください。私に向かって祈るのではなく、イエスに向かって祈ってください。解放者は唯一、イエス だけであることを忘れないでください。あなたが解放を求めるなら、解放者のもとに行かなければなり ません。他に選択肢はありません。イエスは言われました。「わたしのところへ来る者を、わたしは決して捨てません。」あなたがイエスのもとに来るなら、イエスはあなたを受け入れてくださいます。では、 これは大勢の人の場合に私が用いるやり方です。2週間前、ニュージーランドのウエリントンの会場には少なくとも2千人がいました。そしてそれは2千人に対しても素晴らしく効果がありました。私は、 短時間にそれほど多くの人々が解放されるのを見たことがありませんでした。そこで、私はあなたがへりくだってイエスのもとへ来て、条件を満たしたと断言する機会を与える祈りを導きます。いいですか。 私はあなたの口にことばを置きます。あなたはオカルトやあらゆる悪魔的な力との関係を捨て去ってく ださい。自分を傷つけたり、中傷したりした人をすべて赦してください。あなたの人生にあったすべて の呪いから自分自身を解放してください。理解できなくても、信仰によってそうしなければなりません。 そして、あなた自身を解放の志願者としてイエスの前に出るのです。その祈りを言って、すべての条件 を満たしたら、最後にアーメンと言ってください。アーメンと言ったら、それ以上祈らないでください。 祈ることは非常に宗教的です。良いことのように思えますが、祈っている間は、あなたは悪霊を内に閉じ込めることになるのです。お分かりですか。すでに終わったことを祈らないでください。異言を話さ ないでください。異言で話すことは素晴らしいことですが、それは悪霊を内側にとどめるのと同じこと になります。救急車やパトカーがサイレンを鳴らしてライトを光らせて走るようなものです。他の車は みな道を空けて救急車両を通らせます。それが悪霊の出て行き方です。悪霊に道を開けて出て行かせるのです。
行いのない信仰は死んだものである、と聖書は言っています。ですから、あなたは祈っているときに 何かが起こるのを待って受け身であってはなりません。一つのとても簡単なことをしてください。息を 出すことです。吐き出してください。あなたが問題を持っているなら、すぐに、単なる人間の呼吸以上 のものが出てくることがわかります。それこそ、あなたが求めているものです。それが起こる時、あなたは威厳を失い、まったく信仰者とは思えないふるまいをするかもしれません。もし、威厳をもった敬 虔な信仰者のようであることを決断するならば、あなたは祈ったことを失うことになります。それはあなたの選択です。あなたが悪霊を放ち、出て行かせることをお勧めします。悪魔は紳士ではなく、招か れざる客で、追い出されなければなりません。全力で追い出してください。容赦しないでください。悪魔を憎んでください。悪魔を憎むことは罪ではなく、悪魔を憎まないことが罪なのです。受け身である ことと、無関心であることは罪です。
では、祈りたい人は立ち上がってください。3分ほどで終わります。では、解放者イエスに祈ります。 これらのことばを言ってください、それはすべて聖書からのもので、私が教えたことです。
主イエス・キリスト、私はあなたが神の子であり、神への唯一の道であると信じます。あなたが私の罪のために十字架で死に、死からよみがえったことを信じます。今、私はあなたのもとに憐れみと許しを求めて来ました。私はあなたが私を許し、あなたの子として受け入れてくださると信じています。そして、あなたが私を受け入れてくださるので、私は自分自身を神の子として受け入れます。今、主よ、私が抱えている特別な問題をあなたはご存知です。私を苦しめる悪霊の影響です。主よ、私はあなたの条件を満たし、あなたの解放を受けたいと思います。まず第一に、私を傷つけたり間違えたりしたすべての人を許します。私は今、彼らをすべて許します。今、少しの間、あなたが許す必要のある人々の名前を静かに心の中で挙げてください。続けます。主よ、私はこれらのすべての人を許しました。私はすべての苦々しさ、すべての恨み、すべての憎しみ、すべての反抗を手放しました。そして、私はあなたが私を許してくださったと信じています。それに感謝します。私はまた、サタンとのすべての接触、オカルトの力、秘密結社、サタンの領域にあるすべてのものを否認します。私はその領域にいたことを悔い改め、今それに背を向けます。また、主よ、もし私の人生に呪いがあるなら、あなたが十字架で呪いを受けたことで私が呪いから贖われ、祝福を受けることができることに感謝します。そして、私は今、呪いから解放され、祝福に入ることを主張します。今、主よ、私の人格のどの部分にも占有している邪悪な霊に立ち向かいたいと思います。私は彼らを憎んでいることをお伝えしたいです。彼らは私の敵です。私は彼らと平和を築くつもりはありません。私は彼らと妥協しません。彼らは私の中にもう場所を持ちません。私は今、彼らに立ち向かい、あなたの名の権威において、イエスよ、彼らに私から去るよう命じます。私は今、イエスの名によって彼らを追い出します。アーメン。
では、少し静まって、あなたが赦す必要のある人の名前を挙げてください。(他の人に言う必要はない) 続けましょう。
主よ、私はこれらの人をみな赦しました。すべての苦々しさ、錨、憎しみと反抗を捨てます。そして、 あなたが私を赦してくださったことを信じます。感謝します。私はまた、サタン、オカルト、秘密結 社、サタンの領域にあるすべてのものとのつながりを断ち切ります。私がその領域にいたことを悔い 改め、今それに背を向けます。また主よ、もし私の人生にのろいがあるなら、あなたが十字架の上でのろいとなってくださり、それによって私はのろいから贖われ、祝福を受けることができることを感 謝します。私は今のろいから解放され、祝福に入ることを宣言します。そして主よ、私の人格のいか なる領域を占有するあらゆる悪霊に立ち向かいます。それらを憎むことを主に宣言します。それらは 私の敵です。悪霊と手を結びません。妥協しません。悪霊は私の内にもはや居場所がありません。私 は今彼らに立ち向かい、イエスの御名の権威によって出て行けと命じます。今、イエスの御名で悪霊 を吐き出します。アーメン。
これで終わりです。最後の祈りをします。あなたは悪霊を今、信仰によって吐き出してください。主よ、あなたのしもべとして、今あなたの前に出ている人々の代表として、私はイエスの御名で出て行かせたあらゆる悪霊にイエス・キリストの力ある御名で命じる。この人々を解放し、彼らから出 て行け。イエス・キリストが、この集会の主であることを宣言する。イエスはサタンを打ち破った。 イエスは死とハデスのカギを持っている。天にあるもの、地にあるもののすべての権威がイエスに与えられている。サタンよ、おまえはイエスの御名によって私たちの支配下にある。お前は私たちに従わなければならない。お前はこの人たちから出て行かなければならない。お前には選択肢はない。聖書は、引き下がれ、サタンと言っている。イエスの御名によって。アーメン。
いま、完全な解放を受けてください。すべてのものからあなた自身を解放してください。油注ぎがあるとき、あなたはすべてを取り除くことができますが、油注ぎがなくなると、それをすることは難しくなります。他の人を気にしないでください。自尊心にしがみ付かないでください。それはすぐに戻ってきます。
今、あなたが解放されたと信じるなら、神に感謝し始めてください。そして、この場所を去る前に、イエスを主としてください。

Matériel d'étude
Lorsqu'il est disponible, cet enseignement comprend un plan de prédication et une transcription pour un usage personnel, la préparation d'un message ou des discussions d'études bibliques.
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