完全な円

私はキリストにあって完全な者とされています

以前にも言ったことがありますが、「完全」という言葉に恐れを抱く人も多いでしょう。この言葉への恐れを軽減するために、数学の簡単な例を使って説明しましょう。

例えば、「丸い」という言葉です。その基準はたった一つ、丸いか、丸くないかだけです。丸ければ、円です。「円」は一種類しかありません。円の定義が数種類あるわけではありません。しかし、いろいろな大きさの円があります。大きさは違っても、すべて「円」です。形が同じで、大きさが異なる二つのものを「相似」と呼びます。

父なる神は、大きな円です。全宇宙を包括する巨大な丸い輪です。イエスが私たちに期待しているのは、神と同じ大きさを持つことではなく、神と同じ性質を持つことです。神と同じではなく、神に似た者となることです。私たちはとても小さい円で、神が私たちに課した務めは、一見すると取るに足らない、平凡で小さな範囲の活動かもしれません。しかし、神は私たち一人ひとりが、与えられた小さな範囲の中で、真ん丸い完全な円となることを願っておられます。それは、全宇宙を包み込む父なる神の「巨大な円」と同じように、完全な円です。

ですから、イエスの「完全でありなさい」(マタイ5:48)という命令を読むときには、「円」の観点で考えてください。出っ張りや欠けなどの不均衡がない円です。あなたは大きくなることはできなくても、完全な円になることはできます。

【祈り】 

主よ、あなたが私のうちで働いてくださっていることを感謝します。神さまは、私が「完全な円」となることを願っておられると宣言します。神さまの恵みによって、そうなることができます。それは、私がキリストにあって完全な者とされたからです。アーメン。

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